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社長のちょっと聞いてごしない!
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NO.113

人は城、人は石垣、人は堀

2019年04月
代表取締役社長 大野木 昭夫

   巻頭は、戦国の世で天下取りまであと一歩だった武田信玄の言葉です。 人は城、人は石垣、人は堀、の後には、情けは味方、仇は敵と続きます。 つまり人と人の信頼は城よりも強固なものであり大切にしよう、人は情けをかけると味方になるが、一方的な押しつけは反発を生むだけであるという格言です。
 さて4月1日は今年度の入社式でした。4人の新社会人と1人の中途入社の仲間が加わりました。 そこで私は式辞として、これからの人生で何度か挫折を味わう時があること、その時には自分だけで考え込むのではなく周りの人たちのアドバイスを受け入れること、 そして助け舟を出してくれるような人間関係を自らも構築する努力の大切さを話しました。
 
 私が新社会人になったのは、昭和51年(1976年)ですから43年前になります。 日本経済は高成長を続けていましたが、一年前に世界的な騒動となったオイルショック不況で、企業は軒並み新卒採用を控えた年でありました。
  御多分にもれず、4年生の正月を過ぎても就職先が決まらず不安を抱えていた私に、見かねた叔父は「地元に帰ってきたらどうだ」と声をかけてくれ、美保土建(現在の美保テクノス)に就職話をしてくれました。 当時の建設業界は、休日が日曜日だけでしたから、入社早々の5月の連休はほとんど休み無く働きました。 残業は当たり前で、職人さんが出れば日曜日でも常に仕事をしましたので、入社から3ヶ月ぶっ通しで出勤して、あっという間にその年の夏が終わっているという状況でした。
 そんな時です。血気盛んな私は、現場の慰労会で上司の主任といさかいを起こしてしまいました。 そのまま店を飛び出した私をすぐに追いかけ、声をかけて肩をたたいてくれたのは、当時いつも一緒に現場作業をしていた先輩でした。  もしこの温かい声掛けを受けていなければ、私はまちがいなく退職をして違う人生を歩んでいたと思います。
 
 その後も仕事では何度も挫折を味わいました。 思うようにいかず自信を失うこともありました。しかし、未熟な私に手を差し伸べてくれた同僚と、様々な気配りで導いてくれた上司によって、苦難を乗り越えてくることができました。 新しい仲間には「新しい環境に入ったら、自らまわりの人たちにとけ込む努力を怠らずにしてもらいたい」そう思う一方で、 周囲の私たちは「温かく彼らを見守り、時として厳しく指導をしながら励ますことを忘れず接したい」と思っています。
  まさにこの時期、チーム運営の三訓にある「共感・協働・共生」を人づくりにおいても自らが実践して進めていく、そんな時期にあるのです。

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