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NO.15
八百長と人情
2011年02月
代表取締役社長 大野木 昭夫
 八百長の語源は、明治時代に大相撲の年寄・伊勢ノ海五太夫と囲碁仲間であった八百屋の店主「長兵衛・通称八百長」に由来するそうです。囲碁の実力は長兵衛が優っていたが、商売のことを考え、わざと負けたりして伊勢ノ海五太夫の機嫌をとっていました。その後、碁会所開きの来賓として招かれていた本因坊秀元と互角の勝負をしたため、周囲に長兵衛の本当の実力が知れ渡り、以来、真剣に争っているように見せながら、事前に示し併せた通りに勝負をつけることを八百長と呼ぶようになったそうです。
 江戸時代、敵なしの強さを誇った谷風は、人柄も温厚で人情にあつくおごらない名横綱でした。谷風は、貧乏佐野山と言われていた力士の佐野山が大病の親のために神頼みをしているといううわさを聞き、一世一代の芝居をして負けたのです。これを知った江戸っ子は、「いい話じゃねぇか。人情相撲だよ」と言って谷風を称えたという落語噺があります。
 この「人情相撲」と言われた取り組みは、最強で人間味のある横綱がわざと負けた「人の情け」による取り組みであったからこそ、江戸っ子は許してきたのでしょう。今回使われた携帯メールは、人情相撲とはまったく異質なものです。メールを媒体にして安易に星取りを金銭で取引した力士たち、遅々として厳罰処置できない親方衆の姿は、角界汚染の根深さを露見させています。

 人と人が対峙する競技は他にもたくさんありますが、なぜ相撲界が八百長に汚染されていったのでしょうか。江戸っ子気質と言われた人情・情けは、元来日本人が持っている心の暖かみですが、勝負に情けをかけたことを人情といって許してしまった粋のよさが八百長までもまん延させるきっかけになったのではないかと思っています。
 十両と幕下の待遇が天と地ほどの差があると言われている力士の待遇、一門と親方が采配する相撲部屋のあり方、相撲漬け若者への生活指導等々、組織的な改革がなされず、これまでのような「無気力相撲の根絶」とだけ唱える精神論では八百長はなくならないことを認識すべきでしょう。
時として組織に人情は必要ですが、一つの情けが組織を蝕んでいくことになると、肝に銘じなければならない今回の八百長事件でした。また、八百長相撲は自利から始まり、人情相撲は利他の心から発していることの思いの違いを感じます。
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